月の記録 第50話


まばゆい光があたりを包みこむ。同時に発生した電磁波が、通信機器を混乱させ、映像を消失させた。膨大なエネルギーが生まれ、消失する際に発生した空気の流れに引きずられ、機体は大きく揺れた。
響き渡る悲鳴、機械の軋む音。鳴り響くエラー音。引きずり込まれたら終わりだ。操縦士達は必死に機体を立て直した。やがて揺れが収まり、旗艦の無事に安堵する暇など無く、すぐに情報を手に入れるためシュナイゼルは指示を出した。そこから得られたもの、いや、回復した映像で知ることのできたものというべきか、青空の中、ぽっかりと空いた虚無の空間に、皆声を無くした。

「・・・なんなの、これは」
「マリアンヌ様!敵艦より通信が入りました!」
「・・・っ!すぐにつなぎなさい!」

今まで、いくらコンタクトを試みても無反応だったテロリストが、ここで動いた。だが、開かれた回線からは音声ではなく、何やらデータが送り込まれていた。

「これは・・・どうやら、このデータは映像のようです」
「待ちなさい、罠の可能性もある」

シュナイゼルがキーボードを操作し、送られてきたデータの中身を確認する。ウイルスなどは一切仕込まれていない、純粋な映像データだった。
一体中には何が?もしかしたら既に首相たちは殺害されており、その虐殺の光景でも収められているのではないだろうか。最悪の想像が頭をよぎるが、見ないわけにはいかない。シュナイゼルが問題ないと判断したため、すぐに再生するよう命じた。
そこに映し出されたのは、全てを焼失させる無慈悲な光の映像だった。
先ほどまで機体がひしめき合っていたあの場所に空白を生み出した原因、その映像。

「なんなの、これは・・・」
「合成映像ではないのか?」
「いや、間違っているよコーネリア。この映像に映し出されている機体は、間違いなく先ほどまであの場所にあった機体。太陽と我々の位置関係から考えても、この映像は敵の旗艦でつい先ほど映されたものと考えられる」

雲の位置、水平線の向こうに見える島影。それらすべてを加味しても、この映像に加工された痕跡はない。アヴァロンのシステムを使い鑑定をしたが、結果は同じだった。何より、今眼の前にある失われた空間との違和感がなさすぎる。

「ですが兄上!このような兵器、見たことも聞いたこともありません!」

戦争が変わるほどの、戦略が意味をなくすほどの兵器など、あるはずがない。
激昂するコーネリアの声を遮るように、再び通信が入った。

「つなぎなさい」

マリアンヌの声に従い、開かれた回線はオープンチャンネル。
つまり、テロリストが世界にばらまきたい何かが、この向こうにある。
表示された映像には、各国の首脳とオデュッセウスそしてナナリーの姿が見えた。
怯え、青ざめ、憔悴した顔をしているが、どうやら全員無事らしい。カメラは徐々に位置を変え、放心している全員の顔をアップで映していった。全員の視線が一点に集中しているのは、あの映像を彼らも見たからだろう。
全員を映し終えたカメラはさらに位置を変えた。人質たちが目を向けていた方向。そこには巨大モニターと、その前で足を組む人物を映し出した。悪魔のような笑みを浮かべているその人物の右手にはチェスの駒、黒のキング。くるくると指先で回転させながら、苦しみ悲しみ、恐怖に怯える首脳たちを楽しげに見つめていた。
人々に恐怖を与えるほどぞっとする冷たい笑みが、よりその人物の魅力を引き出しているようにも思える。漆黒の髪と白磁の肌、そして帝王紫の瞳の黒衣の男。
いつもとは別人にも見えるが、見間違えるなどあり得なかった。

「ルルーシュ、あなたは・・・」

マリアンヌは、悲しげにその名を呼んだ。
続く言葉を発しようと口を開いたが、声を発すること無く口を閉ざした。

「何故ルルーシュが!?兄上!」
「この状況で言える事は、ルルーシュが首謀者だったという事だけだね」

冷静な声でシュナイゼルは妹の質問に答えた。

『流石兄上、というべきでしょうか』

回線が開いているのだから、当然こちらの声が届いたのだろう。画面に向こうのルルーシュが答えた。その声には嘲笑が混じっていて、コーネリアは一瞬で頭に血が上った。

「貴様、何をしたのか解っているのか!?」
『各エリアの政庁を制圧し、各国首脳を誘拐、そして我が父、シャルル・ジ・ブリタニアの暗殺を行った話でしょうか?それとも、先ほどの浄化の光の話でしょうか?』

通信の向こう側がざわめいた。
囚われたものたちは、シャルル皇帝がテロリストに襲撃された事を今、知ったのだ。

『ルルーシュ!父上を暗殺など、冗談でも言ってはいけないよ』

この状況がまだ理解できないのか、理解したくないのか。
オデュッセウスが、弟をたしなめようとする声が聞こえた。

「残念ながら、ルルーシュが言った事は本当よ。陛下はテロリストの襲撃を受けたわ。・・・でも残念ね、ルルーシュ。一命はとりと得たの。あの襲撃では、誰も死んでいないわ」

今までルルーシュに向けた事のない冷たい声でマリアンヌは言った。

『成程、暗殺は失敗に終わりましたか。まあいい、次がある。貴方たちは、だれが、どのようにして襲撃をしたのか。その答えさえ見つけていないでしょう?』

だから、また同じことをすればいいと、ルルーシュは笑った。
ラウンズの目も、インペリアルガードの目も、それ以外の警備、従者、全ての目をすり抜け、皇帝の前に現れ、そして姿を消した。その方法を暴かない限り、何度でも同じ事をすればいい。テロリストは武器を失う以外痛手はないのだから。

「あれもお前の手だというのか、無能なお前が出来る事では無い!誰だ!お前の後ろに誰がいる!!」

ルルーシュは無能な見た目だけのお飾り皇子。
だから、全ての目を欺くような策を思いつく事など不可能。しかも各エリアを落とし、各国首脳も抑えるほどの規模の武力を持っているはずがない。

『無能で無力、役立たずの皇子・・・ククククク、フハハハハハハハハ!その無能の策でさえ見抜けず!手をこまねき続けている貴方たちは、私以上に無能だったという事ですね』
「貴様っ!」
「止めなさい、コーネリア」

こんな安い挑発に乗るなんて。と、マリアンヌはコーネリアを制止した。

「それで、ルルーシュ。貴方の目的は何?」

すべてを覚悟したような、そんな顔でマリアンヌはたずねた。
その瞳から感情は読み取れない。
ここまでのことをしたルルーシュは、もう終わりだ。ブリタニアは全力を上げ、ルルーシュの命を討ち取る。もう親子として言葉をかわすこともない。母としての感情を押し殺しているのだろう。声も、淡々としたものだった。

『我が父、シャルル・ジ・ブリタニアは一命を取り留めたが、もう皇帝として立つ事はない。違いますか?母上』
「貴方の目的は、シャルルを皇位から引きずりおろす事なの?」
『それは目的の一つにすぎない』
「何のために」
『ブリタニアは力こそ正義、弱肉強食を国是とする国ですよ母上。皇帝たる父上を倒す目的など一つしかない。・・・今この時より、私が99代皇帝となる』
「なっ!」

ありえない内容に、コーネリアは思わず声を上げた。それが呼び水となったのか、驚きの声とざわめきがアチラコチラから聞こえてくる。
シュナイゼルはすっと立ち上がると、マリアンヌの傍へ行き耳打ちした。

「この映像は、先ほどの兵器の映像と共に世界に流れています」
「ネット上に?」
「いくつかのテレビ局も同時にハッキングされました」

テレビとネット。両方でこの映像を見ることができる。
ブリタニア内の皇位継承権争いだからと、隠し通すことはできない。

「・・・ほんと、我が子ながら恐ろしいわ」

大きく息を吐いたマリアンヌのこえはわずかに震えていた。顔色も悪い。后妃として気丈に振る舞っては見たが、やはりこの現実を前に虚勢は長続きしないようだった。
マリアンヌの言葉に、皆は同意を覚えた。
これだけの事をやり、10のエリアを占拠したまま、テレビ局も占拠した。これを主導しているのが目の前のまだ成人もしていない少年なのだ。

「ルルーシュ、残念だけど、それを認める訳にはいかないわ」
『すでに、新たな皇帝として我が妹、ナナリー・ヴィ・ブリタニアの名前が父上の口から出たから、か?』
「どうしてそれを・・・!」

この情報はまだ外部に漏れていないはず。それを何故知っている。やはりこいつが、父上を。これはもう、弟ではないとコーネリアはルルーシュを睨みつけた。

『当然でしょう?全て、知っています』

コーネリアの感情に任せての発言は、いらない情報を相手に、世界に流してしまっている。ルルーシュの発言を肯定も否定もしてはいけなかったのに。シュナイゼルはこのままではいけないと、コーネリアを下がらせた。いつでも出撃できるよう、準備をという名目で。

「ルルーシュ、貴方の目的は・・・」
『決まっている、世界を』

不敵な笑顔と共に放たれた言葉に、マリアンヌは顔を歪め口を閉ざした。

「世界征服、という事かな?」

シュナイゼルの言葉に、ルルーシュは満足げに口元に弧を描いた。

49話
51話